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面白い事がしたい

自分の感性より他の何かを信用する事

自分で何もしないうちにあきらめてしまう事

自分の人生を他人任せにしてしまう事


そんな事に慣れてしまうと
いつの間にか
上手くいかない事も人のせいにしてしまうようになる。


人生は本当はもっとエキサイティング

何があるかがわからない
上手くいかないことと
上手くいく事は
紙一重

上手く生きる為のノウハウなんて存在しない

だから生きる価値がある

たとえそれが自分に不釣合な志だったとしても
そこがスタートライン





『自分の考えたとおりに生きなければならない。そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう。 』
スノーブーツ


『あなた自身を創造しなさい。その時あなたは世界をも創造している。
 あなた自身を改善しなさい。その時あなたは世界をも改善しているのだ。』

…カール・グッツコフ

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資源専門商社

科学の発展により地球は小さくなった。
産業構造、世界経済、国際社会、個人と社会の関係。
あらゆる業界が変革にせまられている。

グローバリゼーションは経済にとどまらず、国という枠組みを超えた地球社会の創設に向かう。
地球経営実現の為にも途上国の自立が望まれる。
それぞれが、自らの多様な文化を守るためにも、継続的な産業と経済の循環を形成しなければならない。

途上国に最も必要とされているのは一方的な支援ではなく、対等なビジネスモデルだ。
地球を長期的に経営する上で、それぞれの自然環境に合った土地利用が重要になる。

これからの資源ビジネスは、その性質上、未開発地域に対する理解とネットワーク、さらに環境技術に対する幅広い知識と深い専門性を求められる。
これまで、商社は時代を先取り変革のモデルを築いてきた。
次世代の地球社会を形作る上で、資源専門商社は、その重要性をさらに増していくのではないだろうか。

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社会構造は、物理的条件に依存する。
グローバリズムの根拠は、西欧植民地主義ではなく、地球規模での通信網や流通網の配備を可能にした科学技術だ。
主流であった、市場原理主義は大きく躓いている。地球規模になると欧米的視点だけで全てが上手くいくことはあり得ない。グローバリゼーションの方法論はこれからも進化するだろう。
日本人として、そこに挑むことは出来ないだろうか。

環境問題、南北問題、現在私たちは、地球規模での視点を必要としている。
国という枠組みを超えた新たな地球社会の建設。その大きな課題実現の為には先進国だけではなく、途上国の自立が重要な要素になる。
途上国が自立する為には、継続的な産業と経済の循環システムを構築しなければならない。

現在、地球上には様々な文化がある。
各地域の自然環境、複数民族の共生に対応し発達してきた伝統文化は、実証された社会システムであり、人類の智恵の宝庫でもある。
そして文化の淘汰と変容はあらたな智恵の誕生でもある。

文化の多様性を大切にするためには、途上国自身が自立のプロセスを歩み、新しい状況への対応力をつけるしかない。


僕は彼らをの文化を尊重する為に、カフェ経営、イベント運営を通して、アフリカの食文化、工芸、音楽を日本で紹介してきた。

官民に限らず、有限なものを援助する以上は採算性がなければ継続できない。
途上国との対等なビジネスを成立させる。
各国の可能性を引き出すためには何ができるのか。
人々の益になるものを生みだせるかどうかがビジネスの鍵となる。
現在の市場に乗り込む上で、対象国には何があるのだろうか。

カントリーリスクの高いアフリカにとって、特定の地でしか手に入らないレアメタルは起爆剤となる可能性をもつ。
資源確保のためのインフラ整備と、資源とその周辺物ビジネスよる外貨が新興国の発展を支えてきた。

だが、多くの途上国において、資源権益確保の為の外部権力の介入が、紛争や人種差別の泥沼に落して来たという過去も見逃せない。
コンゴ民主主義共和国での資源争奪争いは、悲惨な国状を招く手助けをした。
現在、経済は壊滅的、資源開発は停止し、国内民族間での根深い不信を生み、人々を負の連鎖に向かわせる。

2月12日、中国国営の非鉄金属最大手、チャイナルコは英豪系資源大手リオ・ティントに195億ドル(約1兆7500億円)出資すると発表した。
大不況の中でも中国の資源争奪は衰えを見せない。

寡占支配を強めていたBHPビリトンと、それに対抗する中国。
資源争奪戦はまだまだ終わりそうにない。
多量の潜在的資源を誇る地域のリスクが高まることは、資源メジャーにとっても望ましい事態ではないはずだ。
新たな開発のモデルが望まれる。

国家という枠にとらわれず、地球規模での土地利用を長期的な視点で模索していくことが地球市民にとっての益を生む。
2008年6月、ケニアで行われたグリーンエネルギー会議に出席した汎地中海再生可能エネルギー公社のGerhard Knies氏の説明では、アフリカの砂漠は年間、全人類が使用する量の700倍ものエネルギーを太陽から受けていると説明した。試

算が正しければ激しい直射日光が当たる砂漠では1平方キロ当たり原油1.5バレル分のエネルギーが創出可能だ。
人類を滅亡させると言われた砂漠にすら、その可能性を見つけようとしている。

経済は常に社会システムに先導する。
持続可能な地球経営の方法を模索するべきだ。
その道筋は既存の公的機関からではなく、ビジネスの現場と研究者の協力によって生み出されるだろう。

一国の自給率にこだわらず、適地適用を進めれば資源の効率化により地球の負担を減らす事ができる。
技術進歩による物理的条件が変われば、新たなビジネスチャンスが生まれる。
どんな経済状況であろうとも、資源がなくなれば生産はできない。
希少金属資源に対する深い専門性と、時代への洞察力を持てば必ずビジネスチャンスが訪れる。

そうした地力をつけた上で、企業、業種、国籍、官民等の立場を超えたネットワークを構築する。
次世代に向けた地球経営に携わっていきたい。

表現

この世では一人ひとりが人生をかけて作品を作る

それぞれが
それぞれに
与えられた課題に取り組む

解釈も
方法も
評価も
全てが自由

そこには保証なんてない
すべて自分自身の問題

ならば実現可能な問題をえらぶより

どれだけ難しくても
一番大切な問題に向き合いたい

価値

自分の信じるものを追求していった結果
たとえそれが陽の目を浴びなかったとしても

それでもそれを追求することが
誰にも左右されない価値を
自らが生みだしたという証明なのではないだろうか

動機

仕事をする者は思いついたことは一つひとつ、何年かかってもやり遂げる、というのが仕事師の信念である。
学者や思想家は、こうしたら好いという筋道を立てたら、実行は人にやらして好いのだ。
しかし、私ら事業をする者は、じぶんで為さなければならない。
ある動機に接したら、どこまでも成し遂げる方法を考えなければならない

山下亀三郎

28歳を迎えるにあたって

僕はもうすぐ28歳になる。
27歳の一年間はそのエネルギーをBAOBABとジェンベ打サミットにつぎ込んだ。

幕を引くにあたって、少し振り返ってみたい。
メチャメチャ長いです。

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1980年代、自動車、家電産業中心に欧米への輸出が伸び、日本経済は更なる躍進を遂げる。
終身雇用に支えられた総中流的意識と、欧米偏重的な認識は物的豊かさと共に確立された。
バブル経済により世界第二の経済大国となった日本は、『世界で最も成功した社会主義国家』と言われ、バブル経済へと加速する。

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1981年2月23日僕は広島で生まれた。

10代の頃、人一倍反発心の強かった僕は、西欧以外の価値観について強い興味を持った。

学校では、日本社会で生きる為のノウハウをたくさん学んだが、何故それが大切なのか、その社会システムは何故作られたのか、根本的な答えはいつも分らなかった。
将来の夢の欄にはいつも何も書けなかった。

あふれる世界への疑問を明らかにする間もなく、進路選択は迫る。
同級生たちは、偏差値を基準に進路を選んだ。
その頃の僕には、主体性のある未来が想像できなかった。

とにかく日本を出たい。
そう思いながらも、漠然とした計画しかなく、それすらも逃避であるとどこかで自覚していた。

強い反発心を持つ自分の感性を疑い、否定と肯定を繰り返しながら、僕は大学へ進学した。

情報が溢れる大学で、古代文明や、ネイティブ・アメリカンに関する文献に触れ、先住民族への強い憧れを抱いた。
哲学、心理学、考古学、文化人類学。
学問はそれぞれの道筋から人間の根本へと迫る。

20歳の頃、伝統的な暮らしを営む村に滞在する機会を得た。
西アフリカのマリ共和国。
独自の神話体系と価値観を持つドゴン族。
彼らの集落の中でも特に辺境の村で過ごした一ヶ月間。

そこには、数百年前から続くであろう、高度な社会システムを持った共同体があった。
それは強大な自然に対抗するために作られた、尊敬と協力を旨とした相互扶助システムであると同時に、迷信深く閉鎖的な村社会でもあった。

彼らと同様の暮らしをすることで、自分はこの地では虚弱な異邦人だということを思い知らされた。

けれど、貨幣が流通していなくても、電気が流れていなくても、彼らが欲するものは僕と変わらなかった。
人間の想い、人間としての営みは世界中どこでも一緒なのだと確信した。

僕の持つ電気製品や大金が彼らの人生観を変えることを恐れつつも、彼らと積極的に関わった。

日本でアフリカの情報を手に入れ、飛行機に乗って、ここへ来た僕。
辺境の村で外国製品を目にし、目を輝かせ、町に出て行こうとする若者。

現代に残された理想郷、そんな風に思っていた村は、国際社会と影響し合う、独自の社会保障システムを持った人間の集団だった。
そこに昔の日本を見て、彼らがそれぞれの望みにむかって変化を望むことを肯定的に捉えた。

そう考えた時、あれほど嫌っていた現代文明には、完全に否定できるものは一つもなかった。
気がつけば、僕は日本人として生きることを受け入れていた。

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2008年4月、カフェの経営に取り組んだ。
アフリカ文化に触れる為に作られたカフェ。
3年の営業を経て閉店しようとしているところだった。せっかくの場をなんとか活かすことができないか。想いを形にしてみたかった。
大した経験も技術もない、資金力もなければ計画性もない。
事業性なんて到底期待できないにも関わらず、オーナーは僕にチャンスを与えてくれた。
自己採算制、責任は僕個人が負うという事で、経営を引き継いだ。


就任してから3ヶ月後、最高売上を更新し続けた。
10ヶ月が過ぎ、100年に一度と言われる大不況が訪れたが、多くの人に助けられ何とか維持することができている。
ニーズの確立されていないアフリカに特化した店づくり。
多くは望めないが、若くしてやりたい事が出来るのなら、良いのかもしれない。

店は少しずつ認知されてきて、協力者も増え、常連さんも少しづつながら定着してきた。
新メニュー、レシピの新たなシステム整備も進み、ビジネス性を持たせる為、違う場所への出店の可能性も考えられるようになった。
日本人の生活にとって有益なものを提供する。その点をもっともっと突き詰めてけば、不況に負けない店づくりが出来る。

長期的なプランを明確にしていく中で、限界も見えるようになった。
このままでは、自分とその周辺だけで完結してしまう。

自分は何のためリスクを負ってカフェ経営に取り組んだのだろう。
僕は報告書を書き、店の所有者と話し合った上で、閉店を選択した。

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今、経営=金儲けというイメージが付きまとう。
多くの社会貢献はイメージアップや、名ばかりの集金システムにすぎない。
企業が行う寄付やボランティア。
搾取的構造から生みだした大量のお金を一部を、弱者に対して寄付する。

アメリカは金融を基幹産業に据えた。
システムをに目を向けなければ何も変わらない。


もともと経営とは仏教用語だった。
経とは真理を探究すること。営とは脈々と続く日々の暮らし。
一生をかけて真理を探究することを経営という。


日本資本主義の父と呼ばれる渋沢 栄一(1840年3月16日-1931年11月11日)
彼は実業家にたいして4つの訓示を挙げている。

(1)その事業ははたして成立すべきや否かを探究すること
(2)個人を利するとともに、国家社会を利するものなりや否やを知ること
(3)その企業が時機に適合するや否やを判断すること
(4)事業成立の暁においてその経営者に適当なる人物ありや否やを考えること


この100年の間に、科学は驚くほどに進歩した。
大自然、共産主義、核戦争、過去に比べ脅威がなくなったことによって、企業や国の協力意識は薄れてしまった。
国連は国益ベースでしか動けない。地球規模での視点が必要になっている。


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長い時間をかけて、ヒトは地球上到る所に分布した。
ヒトが住まう所に可能性は必ずある。

あらゆる資源は土地に依存する。
多くの食料が生産出来ない地域だとしても、その土地ごと、有効な活用法が必ずある。

インフラ状況、政治不安、紛争、スラム。アフリカ各国とのビジネスにはカントリーリスクが大きすぎる。

何故、高度な共生社会システムを持つ彼らに、国が上手く運営できないのか。
アフリカ大陸では植民地時代の傷跡がいまだ癒えていない。
西欧社会が押し付けた国家と実情の不一致。

日本は維新を経て回天した。
驚異的な近代化を遂げ国家を構築した。

個人の力で国家は形成されない。

時代の気運と強い必要性が明治維新を可能にした。

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経済格差、南北問題、民族紛争、資源枯渇、環境問題。

山積みの問題を先送りしながらも、時代は必要に迫られ徐々に転換へと向かう。

シリコンバレーに原丈人というベンチャーキャピタリストがいる。
現在の金融業は株価偏重による短期収益であり生産を伴わない。会社の価値は公益の如何によって測るべきだと主張する。
彼は現代のアメリカ経済界の中心にいながらも、多くの産業を支援し、ビジネスとして成功させることで持論を証明している。

アメリカは、モノづくりを放棄し、金融ビジネスを膨れ上がらせた。
今、世界は恐慌の真っただ中にいる。
市場原理主義は大きく躓き、その矛盾をさらけだした。

公益資本主義の基盤となる新たな市場の創設の為、彼は今日本を奔走している。


東京にマザーハウスというブランドショップがある。
経営者の山口絵理子は若干28歳。
僕と同い年だ。
ビジネスを通じた国際貢献を形にするをモットーに途上国で最高の商品を企画・生産し、それを先進国のお客様にお届ける。
体一つで飛び込み、バングラデシュの人達と手を取る。

途上国に対する想いを持ち、近代文明以外の世界を知り、現代社会で建設的な活動を続ける彼ら。
その活動を想うたび、胸が熱くなる。
地球は小さくなった。より良い地球社会に向けて人々が世界を舞台に駆け回る。
自分には何ができるんだろう。



元アメリカ大統領バラク・オバマは決して若手、知識層など、経済界以外の人々に強く支持された。
金と権力に支配される選挙活動において、5ドル10ドルの小口寄付を大量に集めたオバマ。
勝利の瞬間は国民の声が経済的有力者達を圧倒した瞬間でもあった。

それを可能にしたのは現行システムが生んだ大不況と、インターネットという科学技術だった。

オバマ新政権に何ができるかはわからない。
だが、その選挙において人々が政治に向き合い、そこに希望が見たことは確かだ。


大航海時代、長い間アジアが世界経済の中心だった。
還インド洋文明圏と東アジア文明圏の交易には、数百の諸民族が従事していたと言われる。
苦心したイギリスはインド木綿コピーを生みだし、産業革命へと発展する。
金銀が逆流すると共に、西欧とアジアの関係は逆転した。


転換の時代はもうそこまで来ているかもしれない。
時代を問うチャンスは必ず訪れる。

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まだ注目されていないもの。その可能性を引き出し価値を創造する。
そうして個人と社会双方の利益をもたらす。
それが本来のビジネス。

僕は20歳から27歳まで、西アフリカを日本に紹介することに費やした。
イベントやカフェという手法を通して、音楽、食文化、工芸、染色等を日本人に魅力のあるようアレンジし提供してきた。

その中で経営の可能性を知った。

今28歳。人には身の丈に合った仕事がある。
自分はどこまでやれるのか試してみたい。
海千山千のつわものが蠢く世界で泥まみれになってでも、まだ自分がそれを面白がることができるのか。
全力でぶち当たってみたい。

そんな想いが日に日に大きくなる。


誰かのために何かをするんじゃない。
自分の道を歩むために、自分の思いにまっすぐ生きる為に挑戦する。
僕は慈善家になりたいわけでもないし、活動家になりたいわけでもない。

第三世界の人々が先進国と対等に渡り合える世界。
犠牲的な精神や、救いの気持から行う国際支援ではなく、お互いが益を生みだすビジネスモデルとして確立する。
そんな道が引けないだろうか。

たとえ実現できなくったっていい。
理想とやるべきことが見えたなら、自分を信じてそこに向かっていくしかない。


歌わなくても、踊らなくても、本気で何かを求めるなら、それはそのとき表現となる。
芸に仕えるも、人に仕えるも、万物に仕えるも、人々にとって有益な事であるならば、それが仕事になる。


世界の食べもんやストリートを日本の都会のど真ん中に作りたい。
「アフリカや、アジア、ラテンアメリカの人達とビジネスがしたい」先進国が本気でそう願うような仕掛けづくりがしたい。

それぞれの利が全体の益になる。
全体の損がそれぞれの損になる。
世界中それぞれの国が、素敵だと感じ合える、尊敬し合える、そんな共生社会に向かって歩みたい。

そんな仕事がしたい。

大きな夢に至る見えない階段。
まだまだ見えないけど、一歩ずつ歩むしかない。

バラク・オバマとその情報戦

「この男は本物なのかもしれない」

世界中が注目を寄せる男、バラク・オバマ。
100年に一度の大恐慌の中生まれた史上初の黒人大統領、その選挙は新たな情報戦モデルでもあった。

誰もがヒラリーの圧勝を予想していた2007年、オバマ陣営は水面下で動きつづけていた。

インターネット上での宣伝に力を入れ、選挙に行かない若者に対し語りかける。

オバマ陣営、ヒラリー陣営は共に約1億ドルの選挙資金を集めた。

オバマはほぼ全額が個人献金であり、インターネット経由で5ドル、10ドルという小口献金だった。
オバマを支持する若者や知識層はインターネット上での決済に対して抵抗感が少なかった。

一方ヒラリーはヒラレイザーと呼ばれる支援者達から、選挙法で決めれれた2300ドル限界ぎりぎりの寄付を集めていた。
伝統的な集金方法、旦那のビルは民主党の幹部、初の女性大統領誕生向け、民主党候補の座は万全のはずだった

選挙が長引いた時両者に差が出る。
メールで追加支援を求めることが容易だったオバマ陣営と、500万ドルの自己資金を投入せざる負えなかったヒラリー。
原油価格高騰は変革を訴えるオバマの票を伸ばした。

そうして、一年前は誰も想像しなかった大統領候補が生まれた。


共和党候補、ジョン・マケインとの争いにおいて、またもや経済悪化がオバマの後押しをする。
リーマーンブラザーズ破綻、厳しい経済情勢は国民の目を厳しくした。
元々経済・財政問題へ不安を指摘されていたマケイン、ベイリンは時代に敗れた。




苦境に陥るたびに、web上に築いた草の根ネットワークが彼を強く後押しした。
オバマが行ったことは若者という新市場開拓であり、インターネットの低コスト、流動性を生かした活動だった。

ゲリラ的戦略で行われた選挙活動だったが、彼自身が語った米国理念は王道だった。
「 赤い州(共和党)も青い州(民主党)もない。白人のアメリカも、黒人のアメリカもない。あるのはアメリカ合衆国だけだ」 
対抗馬に中傷され、時には反撃した彼だったが、オバマは選挙戦を通して、米国の融和と統一を訴え続けた。
彼は、期間中、原点に立ちかえった率直な胸の内を語った。
「私は選挙期間中、多くの間違いを犯してきました」

多くの金と権力の渦巻く政治は、若き黒人政治家によって民衆の手に戻された。
それは、政治に諦めを抱く多くの若者や低所得者が、国の将来を信じた瞬間でもあった。

人種、政党を越えたアメリカの統一。
「希望(HOPE)――。“希望”が私を、今日、この場に立たせている。ケニア出身の父と、カンザス出身の母の間に生まれた私のストーリーは、アメリカ合衆国でしか起こりえなかった」

時代が、経済が変革を必要としていた。
科学技術が変革を裏付けた。

変革はじまっている。

僕たちには何ができるんだろう。

資源

僕はこれまで7年間、アフリカと関わってきた。

世界に向けて自分には何ができるのか、ここらへんでもう一歩進んでみたい。

アフリカに限ったことではないが、途上国の自立を考え出口を探す時、真正面には経済の問題がある。
近代国家に基幹産業を興す上で、資源は起爆力としての存在を約束されている。
だが、多くの途上国において、資源メジャーの権益確保の為の行動が、紛争や人種差別の泥沼に落して来た。

金がなければ、戦争なんてできない。
政府(もしくは反政府)は採掘権等の利権を約束し、対抗勢力を叩き潰すための資金や軍備を募る。

先進国側が傀儡政権を作ることもある。

各国が落とす金が紛争を激化させる。
コンゴ(旧ザイール)にいたっては他国の兵団が駐留し、直接ダイヤモンドの鉱山を取りあった。

地球上で起こる戦争のほとんどが経済と切り離して考える事はできない。

欧米を主軸とした画一的グローバリゼーションの弊害があるからと言って、その波は収まりそうにもない。
グローバリゼーションを押し進めているのは、西欧優越思想などではなく、地球規模での通信網や流通網の配備を可能にした科学力だ。

世界が近く小さくなっていく事を止めない限り、必ず競争の中に身を置くしかない。
国際通貨、国際言語、国際法、地球社会におけるシステム整備すら、経済の自由競争にまだまだ追い付いていない。
各国のアフリカへのODAは減少傾向にあるが、中国の資源囲い込みは止まらない。国家戦略として海外鉱山やその権益を買い漁っている。。

2009年2月12日のニュースだ。
「中国最大の国営鉱山会社チャイナルコが世界第2位の資源メジャー企業、英豪リオ・ティント・グループに195億ドルの資金注入をする。リオ・ティントはそれを負債の返済に充てる。中国側は見返りとして、195億ドルのうちの123億ドル分のキャッシュで、リオ・ティントの主力事業であるアルミニウム、鉄鉱石、銅の9鉱山の権益の一部を取得する。残り72億ドルでリオ・ティントの転換社債を引き受ける」

決着まではまだまだ時間がかかると思われるが、承認されれば中国では過去最大のものになる。

100年に一度と言われる不況にみまわれても、その勢いは衰えていない。


TICADは2000年9月にミレニアム開発目標として、2015年という達成期限と具体的な数値目標を定めている。
その中に、
「持続可能な開発の原則を各国の政策や戦略に反映させ、環境資源の喪失を阻止し、回復をはかる。」
というものがある。
多くの公約の達成の目処がたっていないが、資源に関しても国際機関はあまりにも無力だ。

競争力の無い国は、文化の維持すら難しくなる。
その事は歴史が証明している。

結局のところ、独自性を維持するためにも、いかに自立するかという問題に向き合うしかない。



究極的には世界中の国という単位をなくし、地球経営というものに真剣に向き合うべきだ、と僕は思っている。
国同士、企業同士の利権を追う小競り合いは、地球そのものをすり減らす。
長期的視点から、地球規模での土地利用を真剣に考える。
一国の自給率にこだわらず、適地適用を進めれば資源産出への効率化により地球の負担を減らす事もできる。

持続可能な地球経営の方法を研究するべきだ。
国という枠をなくす前に行われるべきことは山のようにある。
関税、事業保護政策、経済、ビザ、様々な仕組みを考え直さなければならない。
もっというと、土地を所有すること、つまり、地球と人間の関係について明確な答えを出さなければならない。


さて、さしあたって、どうやってその変革に至るのか。
資源競争の舞台は、中国・ロシアから、中南米・アフリカへとフィールドを広げつつある。
資源を起爆剤とし内需が拡大すれば、供給国は新たな局面を迎える。

六然訓(りくぜんくん)

自(じ)處(しょ)超然
處人(しょじん)藹(あい)然
有事斬(ざん)然
無事澄(ちょう)然
得意澹(たん)然
失意泰然


崔後渠(さいこうきょ)

ゲーテ

あなたができること、あるいは夢見られることはなんでも始めよ。毎日を生きよ、あなたの人生が始まった時のように

ホイットマン

世界中の誰もが自分を称賛しても、 私は一人静かに満足して座っている。 世界中の誰もが私を見捨てても、 私は一人静かに座っている。

招待

あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいことです。

私はあなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います。

あなたが何歳かということも関係のないことです。

あなたが愛や夢や冒険のためにどれだけ自分を賭けることができるか知りたいのです。

あなたがどの星座の生まれかということもどうでもいいことです。

あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、

それによって傷つくのが怖いばかりに心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。



あなたが、自分のものであれ人のものであれ、痛みを無視したり、簡単に片づけたりせずに、

それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。



また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、

心から喜び、夢中になって踊り、恍惚感に全身をゆだねることができるかどうかを知りたいのです。

気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことはないさなどと言わずに。



私はあなたの話すことが本当かどうかには関心はありません。

私はあなたが自分自身に正直であるためには、

他人を失望させることでさえあえてすることができるかどうかを知りたいのです。



たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりは

その非難に耐える方を選ぶことができるかどうかを。

たとえ不実だと言われても、そんな時にあなたがどうするかによって、

あなたと言う人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。



私はあなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。

それが見た目に美しく見えない時でも、

毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを。



私は、あなたがたとえ失敗しても、それを受け止めてともに生きることができるかどうか、

それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かって

イエスと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。

あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。



それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、

どんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、

子どもたちを食べさせるためにしなければならないことをするかどうかを知りたいのです。



あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここに来たかは関係ありません。



私とともに決してひるまずに炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。



あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。

私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になった時、

あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。



私はあなたが自分自身としっかり向き合い、

その何もない時間の中にいる自分を心から愛しているのかどうかを

知りたいと思っているのです。



オライア・マウンテン・ドリーマー
(ネイティブ・アメリカンの長老) 

地球規模での土地利用

面白い事がしたい。
その想いは年々大きくなる。

日本を息苦しく感じていた10代、僕は先住民にあこがれていた。

限りある時間、自分の人生を何にかたむければいいのか。
2002年、人生の指針を探して、僕はアフリカに向かった。

ガスも電気も通っていない、辺境の村で過ごした日々。
その経験はかけがえのないものになる。

物質文明に染まっていない、数百、数千年にわたって維持されてきた社会システム。
環境や人種が違っても人間の根っこは変わらない。つきつめて見れば、それは日本の田舎にも存在しているものと変わらない。

近代国家も、先住民の営みも、人の想いを紡いだものであることに変わりはない。
この世界に否定しきれるものは一つもなかった。

どこに行っても自分からは逃げられない。僕は日本人として生きる覚悟を決めた。

日本に帰国し、卒業後、マリの伝統楽器を販売しながら、音楽を中心に様々なイベント企画運営に携わるようになる。
マリだけでなくセネガル、ギニアに渡り、マンデ系民族伝統音楽を学ぶとともに、日本国内での普及に努める。
アフリカ音楽愛好家のコミュニティは拡大し、仲間達と運営するイベントは動員800人に育った。

音楽活動と並行して飲食店で働き、商売の勉強をする。

2008年、大学時代の恩師が経営していた、アフリカンカフェを引き継ぐ。
最高売り上げを更新し続け、年間売上を約2倍に伸ばすが、将来を見越したビジネスの可能性は薄いと判断し、閉店を決める。

この経験は僕をさらなる飛躍へと導いてくれた。
今の社会には受け入れられないものも、アレンジをかけ、ライフスタイルに合った提案をすることで、認知され、流通する。
ビジネスというものに可能性とおもしろさを感じ、自分には何ができるかを模索する。


アフリカを商品化して、日本の人たちに提案する。
そこに費やした7年間。
他人の文化を商品化するにあたって、音楽や食文化に限らず、政治、経済に関する理解も大切だった。

アフリカと日本の間で何ができるのか。
アフリカが抱える諸問題、様々な政策を実施しつつも解決の糸口を見つけられない先進諸国。
画一的な近代化をすることで失われた豊かな生活様式、そこに根付く精神性。


自分が生きるこの世界の事を、知れば知るほどに興味がわいてくる。

拝金主義と括られ避難される投資家の中にも、長期的視野での産業を真剣に考える人がいた。

慈善精神で行われるフェアトレード以上に、途上国の実情を考えているブランドショップがあった。
これまでも、これからも、より素敵な社会をつくるために人生をかける人達がいる。


科学の発展により、地球はちいさくなった。
国家という単位は地球規模で起こる問題提起に対応することが難しい。
国益をベースにした発想ではなく、進化し続ける通信・流通網に一致した、地球社会の構築が必要とされている。

僕には何ができる?

キーワードは地球規模での土地利用。
社会的分業を国単位じゃなく、地球単位まで広げる。
共同体の大きさは時代とともに変わってきた。

生活圏内と、相互に流通、影響し合う共同体の大きさは科学の進化に依存する。
日本一国での自給率ではなく、地球規模での資源供給力。
あらゆる資源は土地に依存する。

世界規模での地球経営。
それを見据えた、ビジネス。
コントロールするんじゃなく、その流れをどう読むか。

僕にはまだまだ力が足りていない。
環境が人間を育てる。
立ち位置が視点を決める。

まずは飛び込むしかない。

泳ぐ

面白い事がしたい

もっともっと面白い事がしたい


世界にはいろんな問題がある
協調によって成り立つ矛盾だらけの日本社会がある


自分の力で立つのは怖い
未来は不安でいっぱい

そんな情けない僕ですが

怖い事から逃げても何も始まらない
そんな当たり前の事がやっと分かるようになってきました

そう、受け入れられなかったのは社会じゃなくて、そこに映った自分

僕の考える
面白い事

僕の考える
素敵な世界

この世界をすいすい泳ごう

地球規模のシステムづくり

相互に依存しあうことが必要となる共同体の多きさは、物理的条件によりきまる。

歴史的にみるならば、計画農業、灌漑技術の発展等の農耕革命により、生産量が増え人間は爆発的に増えた。
分業社会は産業革命により大規模なものにはなったが、生産とそれ以外の分業は封建社会と共に存在してきた。
生産力の向上が、それ以外の生業を生みだしたと言える。
今でも、村民全員が生産者である村は世界各地にある。

電信・電話・蒸気機関・内燃機関。インターネット、様々な科学技術が生活圏を広める。

環境問題、経済格差、民族紛争、資源枯渇、南北問題、あらゆる問題が地球人としての視点を必要としている。

国連を中心とした決議は国益をベースによって決められる。
その仕組みが歩みを送らせている。


第三世界の多く国は、インフラ、教育等、近代国家としての整備不足により国家という枠組みが生かし切れていない。
というよりも植民地化から続く、西欧列強による資本主義的政策の転換を根拠により押しつけられた仕組みにより、搾取されつづけているというべきだろうか。

21世紀の状況に合致した国際社会。
新たな視点はどうすれば持てるのか。

江戸時代には士農工商という身分制度があった。
身分制度を支えるものは思想ではない。
江戸幕府の創設から、明治維新まで264年にわたる身分制度の維持を可能にしたのは、強力な社会システムだ。

そういった視点において、現在の後発開発途上国は、資本主義という仕組みにより固定化されつつある被支配層である。

南北問題の解決において、ODAを中心とする先進国の政策は功を奏さなかった。

地球化を可能にしようとしている技術の進歩に対して、社会システムは大きく後れを取っている。

国に変わる新しい視点。
地球化の中で世界をつなぐ可能性のあるものは、やはり経済が主軸になると思われる。
西欧的な視点を地球規模に広げるだけではなく、地球の現状に合致したシステムづくり。

新たなシステムの概要の提案から、それを広めていく作業。
大企業はどうしても、金融的事業を重視せざる負えないし、国と区別しては考えられない。
外務省にはへの期待はもっと難しい。

国に可能な限り縛られない活動ができ、それでいて経済活動をする上で強力な根もつ中小企業。

そこに変革の種があるかもしれない。

やる

最近朝起きられない
最近英語の勉強してない

さぼりぐせがついている
って、だるがりなのは昔からか


やりたいことをやるには、時間は無さ過ぎる
コントロールしようとするとコントロールできない
なるほど、そういうものか


飛び込む
泳ぐ
息を継ぐ

なるほど、そういう感じか



今日は出来なかったからって一喜一憂するんじゃなくて
やらないといけない理由を考えたり、やるのが難しい理由を考えるんじゃなくて

やると決めた事は ただやる

よし、それでいこう

BAOBAB閉店と今後の展望

1980年代、自動車、家電産業中心に欧米への輸出が伸び、日本経済は更なる躍進を遂げる。
終身雇用に支えられた総中流的意識と、欧米偏重的な認識は物的豊かさと共に確立された。
バブル経済により世界第二の経済大国となった日本は、『世界で最も成功した社会主義国家』と言われ、バブル経済へと加速する。

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1981年2月23日僕は広島で生まれた。

10代の頃、人一倍反発心の強かった僕は、西欧以外の価値観について強い興味を持った。

学校では、日本社会で生きる為のノウハウをたくさん学んだが、何故それが大切なのか、その社会システムは何故作られたのか、根本的な答えはいつも分らなかった。
将来の夢の欄にはいつも何も書けなかった。

あふれる世界への疑問を明らかにする間もなく、進路選択は迫る。
同級生たちは、偏差値を基準に進路を選んだ。
その頃の僕には、主体性のある未来が想像できなかった。

とにかく日本を出たい。
そう思いながらも、漠然とした計画しかなく、それすらも逃避であると自覚していた。

強い反発心を持つ自分の感性を疑い、否定と肯定を繰り返しながら、僕は大学へ進学した。

情報が溢れる大学で、古代文明や、ネイティブ・アメリカンに関する文献に触れ、先住民族への強い憧れを抱いた。
哲学、心理学、考古学、文化人類学。
学問はそれぞれの道筋から人間の根本へと迫る。

20歳の頃、伝統的な暮らしを営む村に滞在する機会を得た。
西アフリカのマリ共和国。
独自の神話体系と価値観を持つドゴン族。
彼らの集落の中でも特に辺境の村で過ごした一ヶ月間。

そこには、数百年前から続くであろう、高度な社会システムを持った共同体があった。
それは強大な自然に対抗するために作られた、尊敬と協力を旨とした相互扶助システムであると同時に、迷信深く閉鎖的な村社会でもあった。

彼らと同様の暮らしをすることで、自分はこの地では虚弱な異邦人だということを思い知らされた。

けれど、貨幣が流通していなくても、電気が流れていなくても、彼らが欲するものは僕と変わらなかった。
人間の想い、人間としての営みは世界中どこでも一緒なのだと確信した。

僕の持つ電気製品や大金が彼らの人生観を変えることを恐れつつも、彼らと積極的に関わった。

日本でアフリカの情報を手に入れ、飛行機に乗って、ここへ来た僕。
辺境の村で外国製品を目にし、目を輝かせ、町に出て行こうとする若者。

現代に残された理想郷、そんな風に思っていた村は、国際社会と影響し合う、独自の社会保障システムを持った人間の集団だった。
そこに昔の日本を見て、彼らがそれぞれの望みにむかって変化を望むことを肯定的に捉えた。

そう考えた時、あれほど嫌っていた現代文明には、完全に否定できるものは一つもなかった。
気がつけば、僕は日本人として生きることを受け入れていた。

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2008年4月、カフェの経営に取り組んだ。
アフリカ文化に触れる為に作られたカフェ。
3年の営業を経て閉店しようとしているところだった。せっかくの場をなんとか活かすことができないか。想いを形にしてみたかった。
大した経験も技術もない、資金力もなければ計画性もない。
事業性なんて到底期待できないにも関わらず、オーナーは僕にチャンスを与えてくれた。
自己採算制、責任は僕個人が負うという事で、経営を引き継いだ。


就任してから3ヶ月後、多くの人の力を借り売上は5倍にまで伸びた。
10ヶ月が過ぎ、100年に一度と言われる大不況が訪れたが、小さい額ながらも、何とか維持することができている。
ニーズの確立されていないアフリカに特化した店づくり。
やりたい事をやる事が出来るのなら、良い方なのかもしれない。

店は少しずつ認知されてきて、協力者も増え、常連さんも少しづつながら定着してきた。
新メニュー、レシピの新たなシステム整備も進み、ビジネス性を持たせる為、違う場所への出店の可能性も考えられるようになった。
日本人の生活にとって有益なものを提供する。その点をもっともっと突き詰めてけば、不況に負けない店づくりが出来る。

長期的なプランを明確にしていく中で、限界も見えるようになった。
このままでは、自分とその周辺だけで完結してしまう。

自分は何のためリスクを負ってカフェ経営に取り組んだのだろう。
報告書を書き、店の所有者と話し合った上で、閉店を選択した。

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今、経営=金儲けというイメージが付きまとう。
多くの社会貢献はイメージアップや、名ばかりの集金システムにすぎない。
企業が行う寄付やボランティア。
搾取的構造から生みだした大量のお金を一部を、弱者に対して寄付する。
システムをに目を向けなければ何も変わらない。


もともと経営とは仏教用語だったそうだ。
経とは真理を探究すること。営とは脈々と続く日々の暮らし。
一生をかけて真理を探究することを経営という。


日本資本主義の父と呼ばれる渋沢 栄一(1840年3月16日-1931年11月11日)
彼は実業家にたいして4つの訓示を挙げている。

(1)その事業ははたして成立すべきや否かを探究すること
(2)個人を利するとともに、国家社会を利するものなりや否やを知ること
(3)その企業が時機に適合するや否やを判断すること
(4)事業成立の暁においてその経営者に適当なる人物ありや否やを考えること


この100年の間に、科学は驚くほどに進歩した。
大自然、共産主義、核戦争、過去に比べ脅威がなくなったことによって、企業や国の協力意識は薄れてしまった。
今、国家単位ではなく地球規模での視点が必要になっている。

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人間は創意工夫し様々な地域に分布した。
ヒトが住まう所に可能性は必ずある。

あらゆる資源は土地に依存する。
多くの食料が生産出来ない地域だとしても、その土地ごと、有効な活用法が必ずある。

インフラ状況、政治不安、紛争、スラム。アフリカ各国とのビジネスにはカントリーリスクが大きすぎる。

何故、高度な共生社会システムを持つ彼らに、国が上手く運営できないのか。
アフリカ大陸では植民地時代の傷跡がいまだ癒えていない。
西欧社会が押し付けた国家と実情の不一致。

日本は維新を経て回天した。
驚異的な近代化を遂げ国家を構築した。

個人の力で国家は形成されない。

時代の気運と強い必要性が明治維新を可能にした。

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経済格差、南北問題、民族紛争、資源枯渇、環境問題。

山積みの問題を先送りしながらも、時代は必要に迫られ徐々に転換へと向かう。

シリコンバレーに原丈人というベンチャーキャピタリストがいる。
現在の金融業は株価偏重による短期収益であり生産を伴わない。会社の価値は公益の如何によって測るべきだと主張する。
彼は現代のアメリカ経済界の中心にいながらも、多くの産業を支援し、ビジネスとして成功させることで持論を証明している。

アメリカは、モノづくりを放棄し、金融ビジネスを膨れ上がらせた。
今、世界は恐慌の真っただ中にいる。
市場原理主義は大きく躓き、その矛盾をさらけだした。


ガザ地区で起きている殺戮。世界中が非難の目を向けている。
暴走は持続できない。


大航海時代は実際はアジアが世界経済の中心だった。
還インド洋文明圏と東アジア文明圏の交易には、数百の諸民族が従事していたと言われる。
苦心したイギリスはインド木綿コピーを生みだし、産業革命へと発展する。
金銀が逆流すると共に、西欧とアジアの関係は逆転した。


転換の時代はもうそこまで来ているかもしれない。
時代を問うチャンスは必ず訪れる。

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まだ注目されていないもの。その可能性を引き出し価値を創造する。
そうして個人と社会双方の利益をもたらす。
それが本来のビジネス。

僕は20歳から27歳まで、西アフリカを日本に紹介することに費やした。
イベントやカフェという手法を通して、音楽、食文化、工芸、染色等を日本人に魅力のあるようアレンジし提供してきた。

その中で経営の可能性を知った。

今28歳。人には身の丈に合った仕事がある。
自分はどこまでやれるのか試してみたい。
海千山千のつわものが蠢く世界で泥まみれになってでも、まだ自分がそれを面白がることができるのか。
全力でぶち当たってみたい。

そんな想いが日に日に大きくなる。


誰かのために何かをするんじゃない。
自分の道を歩むために、自分の思いにまっすぐ生きる為に挑戦する。
僕は慈善家になりたいわけでもないし、活動家になりたいわけでもない。

第三世界の国々が先進国と対等に渡り合える世界。
犠牲的な精神や、救いの気持から行う国際支援ではなく、お互いが利益を生みだすビジネスモデルとして確立する。
そんな道が引けないだろうか。

たとえ実現できなくったっていい。
理想とやるべきことが見えたなら、自分を信じてそこに向かっていくしかない。


歌わなくても、踊らなくても、本気で何かを求めるなら、それはそのとき表現となる。
芸に仕えるも、人に仕えるも、万物に仕えるも、それが有益な事であるならば、それが仕事になる。


世界の食べもんやストリートを日本の都会のど真ん中に作りたい。
アフリカや、アジア、ラテンアメリカの人達とビジネスがしたい!先進国が本気でそう願うような仕掛けづくりがしたい。

それぞれの利が全体の益になる。
全体の損がそれぞれの損になる。
世界中それぞれの国が、素敵だと感じ合える、尊敬し合える、そんな共生社会に向かって歩みたい。

地球社会という大きな舞台の中で、新たな価値観を創造する仕事。
そんな仕事がしたい。
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プロフィール

紅葉

Author:紅葉
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

大学時代に西アフリカを訪れ
その豊かさに大きな衝撃を受けました

おもしろいこと中毒で
好奇心に引ずられるように生きています

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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