SNS gadgets and bookmarks

Clip to Evernote   Check

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

企業のあり方

何か新しいものを生み出すときは、必然性と合理性を意識します。



現代は、ニーズも、製品を支える技術も激しく移り変わる時代です。
製品のデザインに限らず、流通や企業構造等、あらゆるジャンルのあらゆる場面でより合理的で必然的なデザインが必要とされていると感じています。


また、社会の中で要求される企業のありかたが大きく変化しています。
社会的責任が声高に問われるようになりましたが、現在は営利活動のおまけに社会貢献がついてきているような企業がほとんどです。
営利活動そのものが社会貢献になる。そんなビジネスモデルが確立できないでしょうか。


19.20世紀に地球規模で進められた都市化政策は、地域の社会構造を変化させました。
従来の地域的な社会参画の場は失われ、代わりに代表民主主義という形での社会参画システムを構築しました。
政治家の資質についての否定的な意見を耳にすることが多いですが、時間的資源的コストを鑑みた時、問題の本質はシステムの疲弊にあるのではないでしょうか。



若者のボランティアへの参加や、中高年の地域社会への参加をみるに、何かに貢献したいというニーズは潜在的に高まっているように感じます。
生産・消費活動を通して、より能動的な社会的参画。その窓口として企業像。


購入することが、その企業活動を支持することに繋がり、企業にとっては
価格競争・品質競争に加え、より公益的な視点を与えることになります。


現在の経済システムの問題に、偏った評価システムがあります。
誰もが大切なものだと感じながら評価されていないものには、生産、地域活動、地方や途上国自立の為に必要な投資などが挙げられます。
その評価を人々に任せる事でその真価が問えるかもしれません。


税制など、変えなければならない仕組みも多々ありますが、人間が生きる上で一番核となるのは生産活動であり、合理的で必然的なシステム、つまりよりシンプルな分配システムを作るためには政治の在り方も現代に合わせて変革していかなければならないように感じています。

スポンサーサイト

面白い提案

2007年までの6年間は、イベント等の媒体を通して彼らの伝統的な音楽を日本で紹介し、その可能性を探した。
2008年以降は、アフリカンカフェを通して彼ら国際競争力を持ってもらう方法が無いか、産業を興す方法はないかを考えてきた。



途上国の問題を考えると、人としての幸福や個人の生き方という問題に行きつく。
本当に必要なものはなんなのか、本当は何が正しいのか、答えは簡単に出せない。


途上国でも、先進国でも、伝統的な社会構造が残っている地域で生活すると、豊かさとは何なのだろうかと考えさせられることがある。

本当は彼らにとって、経済発展など必要ないのかもしれない。
これまで生きてきて、立ち止まってそう考え込むことは何度もあったし、自分の行動がどんな影響を与えているかを見直すことで、これからも悩み続けることだろう。



経済の成長には限界があることと地球資源は有限だという事が明らかになってきた。

それでも、僕達は貨幣経済による恩恵を受け続けているし
現代の物質的豊かさを支えるシステムとして有効だと認識している。


ただ、僕は強く感じることがある。

資本主義か共産主義のどちらかを選択しなければならないだとか
貨幣経済か自然回帰のどちらかしかないとか
スーツを着るか着ないかだとか、
100対0だとか、善か悪かだとか、

人類が抱える問題の本質はそういうものではないと直感している。


自分が自由かどうかは、忙しさや職業の問題ではなく、心の問題であり、
よりよく生きるというのは、姿勢の問題だ。・・・少なくとも僕にとっては。


資本主義の問題は100年以上前から議論されていたことで、その結果共産主義国家が生まれた。
東側が破綻したから、資本主義が正しかったというような論調もあるが、冷戦構造と、資本主義の抱える問題の解決は別の問題だ。
現代社会に問題があることは、多くの人々が感じていることと思う。

私たちは、その短い時間軸や、近視眼的な所有という概念や、一方的なヒューマニズムや死生観によって判断を行うが、歴史を振り返ればそれは過ちの積み重ねであるし、正義や豊さの価値基準は時代によって二転三転してきた。


人類が開発したあらゆる製品は全て地球資源を組み替えたものであり、我々が完全に地球に依存した存在であるという事実は、菩薩の掌にいる孫悟空の寓話を想起させる。
そしてその事実は、逆説的ではあるが、地球や宇宙の大きな時間軸から見るならば、人類の活動は我々が考えているほど地球に対して大きな影響を与えないであろうという考えに説得力を与える。
人間は地球に活かされており、人間がが生み出すものも含め、全て地球の循環活動の一環として捉えるべきなのかもしれない。

正しい事を探しても答えは出てこない。
そして彼らを救うべき対象と決めつけたくない。
私たちが生きるこの環境をもっとおもしろくする為、現代を生きるパートナーとして、僕らには何が出来るのだろう。
彼らにはどんな可能性があるのだろう。

文化の再評価と行動原理の再構築

農村では過疎化が進み、地方のサービスはどんどん切り捨てられていく。

誰によって?…政府によってじゃなく、市場の行動原理によって。

儲からないから、企業は都市部に集中する。

その図式は途上国の貧困の原因にそっくりだ。
今の経済システムのままでは彼らが先進国に並ぶことは難しい。

貧困の絶対的な原因は人種、国民性じゃない。
問題は2点。
経済のシステムと、そのポテンシャルを十分に生かすことのできない物理条件だ。


現在評価されていないからと言って、価値や可能性がないわけでは無い。

地域特性を活かした生産と生活様式
拡大家族の持つ効率性
広大な土地の利用方法
文化の独自性

それらを再評価し、競争力を持たせる仕組みを考える。
農村や老人の労働は経済的に評価されていないけど、それらを活用して、儲かるような仕組みを作ることが、よりよい社会を作ることにつながるかもしれない。


経済学を見ていると、証明内容は高度で正確だと思うけど
そもそも証明の前提としての、人間への理解が薄い点や、豊かさの概念があまりにも単純すぎる点が現実とのかい離を生んでるように思う。

もちろんロジックは大切だが、ロジカルな証明が難しいところに、資本主義での田舎文化の劣勢の原因がある。
政策レベルで行くとどうしてもロジック主導になってしまうが、実際のビジネスでは、人間への理解が必要になる
だから、少しずつでも、新しいビジネスモデルを興していくことが、新しい循環システムの構築に繋がる。

必要とされているのは、老人達の社会参画、経済参画の方法論。
それには評価方法だけはなくてどうやって現行システムで儲けを出すかを考えないと。
さらに、彼らの経済活動が活発になることによって、老人用通販みたいなものがより発達するなど、新たな事業の可能性も生まれる。

また、購入者が、消費活動を通して、社会をよりよくしていけるような仕組み。
つまり、社会参画を可能にするような流通の仕組みが必要なんじゃないか。

田舎や途上国の価値を市場で再評価する方法論の確立をしなければならない。

田舎と都市の関係を整理した上で新しい分配システムの提案。その発想は、途上国支援に繋がる。

構造改革とは?

僕の実家は広島市の北部にある。

交通の要所として栄えたであろう町は、今や市内北端でのド田舎。数年前は電車路線の廃止への動きもあった。
この土地には、助け合いの精神が息づいている。

それでも、老人の生活は昔とは変わってきている。
デイサービスがなければ介護が成り立たない家も多い。

都市化が進むまでに存在していた、田舎型の社会相互保障はどんなものだったのだろう。

母方の祖父母の家は島根県邑智郡だ。
山の中にある集落で水と緑に大変恵まれている。

京都に引っ越して10年が過ぎた。
今、島根県邑智郡を歩くと、その土地の豊かさと、進み続ける過疎化に改めて気づかされる。
50年後この町はどうなるのだろう。
この状態を打開するため、豊かな資源を活かして何か出来ることがないだろうかと考え、世界を覆う共通の問題に気付かされる。

アフリカを含む途上国を包む問題は一言では言い表せないが、経済発展が難しい理由の一つに市場原理があげられることは間違いない。



アメリカ型資本主義は、一連の経済破綻によって、市場に任せることの危険性を明確にした。
地方経営の厳しい状態は小泉政権により加速したという意見がある。

新自由主義的な改革によって経済格差を助長し、相対的に金融の力を強めた。


しかし、放置しておいても都市集中という根本的な問題は解決しない。
彼らの政策にの中心にある、地方や国民一人一人が自助自立の精神を育てるというのは大切だと思う。
田舎の店がつぶれていくのは、政策によってでではなく、市場の行動原理によってだ。
これまで、それらの問題を後回しにしてきたというのもわかる。

現行の資本主義は大きな問題をもっている。
しかし、我々がそれ以上に優れたシステムを持っていない事もまた事実なのだ。

一次的、感情的な批判を繰り返しても現実は変わらない。
小泉政権が行おうとしたことはなんだったのだろう。
その問題点はどこにあるのだろう。
そんな思いから、竹中平蔵氏が大臣として改革を行っている2002年に執筆した「やさしい経済学」を読んでみた。

「日本人の生活水準を見ると、この100年間で実に約30倍になっています。一人あたりの所得は11万倍、その間に物価が3,500倍程度になっていますから、実質的な生活水準は100年前の30倍程度になっているというわけです。単純にいえば、いま1ヶ月30万円で暮らしている家庭が1万円で暮らしていたということになります。1万円の中から家賃を払い光熱費や教育費を払い、さらに食費も払って生活していた。それが私たちの100年前でした。」

また、彼はこのように言う、
「もし万が一、今減税があってお金が戻ってきたとしたら、みなさんは消費するでしょうか。
たぶん、そのおかねの大部分は貯蓄に回すと思います。
将来にわたって、自分が稼いでいけるという能力や自身が持てない、この国の将来は大丈夫だと思えない状況では、消費者の行動はそう簡単に変わらないでしょう。」

国民の多くが国家の将来に不安をもっていない。
はたして、そんな国はあるのだろうか。
バブルに踊った一部の人々だけではなく、一次産業に携わる人々も含めた多くの日本人が、国家と将来に安心した時期はこれまではあったのだろうか。

現在と同じ物価の中を、1ヶ月1万円でやりくりしていたから今は30倍の豊かさになった…。
ちがう。100年前とはあらゆる事が違う。物価と平均月収を計算するだけで、我々の暮らしの水準が30倍になったなんて言いきれない。

結果的には破たんしたわけだが、国民年金などの制度により大きな金額の補助が下りていた。
1円も払わずに生きてきた人達も、年金をもらうことができた。
そして、地方には貨幣が無くても生きていけるシステム、農村の暮らしがあった。
地域コミュニティがしっかりしていた当時、現金の持つ意味が今とははっきり違ったであろう。

そこには、現在の経済の論理では、計上することのできない要素が確かにあったのだ。


これまでの歴史で、人々が将来への不安が持たなかったことなんてない。
けれど、個人主義ではなく、助け合いが機能する前時代的社会では、貨幣経済中心の社会保障以外の利点が確かに何かがあるのだ。


都市型社会の問題は様々な点に現われている。
環境問題、産業や経済の問題は地域の自立が出来ない事に向かっている。
各地域のポテンシャルをいかに引き出すか。

昔に戻るのではなく、現代の生活水準を維持しながら、持続性のある暮らしにシフトしていかなければならない。
画一的に図った効率化を推し進めることで、我々は大きな失敗をしてきた。拡大家族の持つ可能性と先端技術を利用した通信・交通システム。
これらを両立させることが、新しい日本のグランドデザインになる日が訪れるかもしれない。

国家の利益から、地球の利益へ

2009年現在、状況はめまぐるしく移り変わっていますが、我々人類は、それらに対応した視点と行動原理をまだ獲得していません。

産業にとって有用なもののみを追求した19、20世紀。人類は物質的な豊かさを手にいれました。
その反面、エネルギー、資源、食料、人権等の問題が未解決のままとり残されています。

これらの問題には、短期的利益追い求めるという、現行の経済システムの性質が大きく関連しています。



価値を見過ごされてきた途上国の文化、それらを活用し高品質な製品やサービスを生み出す。
大きな利潤を生み出せることでその可能性を証明する。

新しいビジネスモデルと価値基準の提示は、社会意識に対し影響をもたらすことが予想できます。
また、そうした長期的視野に立った企業像の創出に、時代の必然性を感じています。

経済的視点で途上国の可能性が見直されることは、より開かれた地球社会の実現へと近づきます。

世界中の人々の社会参画を可能にする事は、我々人類の問題解決能力を高めていくことにもつながります。
そんな地球社会をデザインしていくために、一つ一つを積み重ねていきたいと考えています。


------------------------------------------------------------------

1960年は、アフリカ大陸で17カ国が独立した事にちなんで、アフリカの年と呼ばれています。

これらの国は、もうすぐ独立50周年を向かえますが、半世紀の時を費やしても彼らの国家運営は厳しい状況にあります。
独立後、ほとんどの国における政治・経済は不安定で、民族対立による内戦や独裁政治がしばしば現われました。


国際社会からは、途上国の自立に向けて、様々な政策が実施されてきました。
支援の名のもとに資本主義的戦略が潜む事は往々にしてあり、投資サイドの利益のみを追求したケースも少なくありませんでした。
しかしながら、それを差し引いても彼らに多くのチャンスが与えられてきたといえるでしょう。
2015年までに世界中の健康や教育状態等を改善する事を目的としてまとめられたミレニアム開発目標。2009円現在、その実現は厳しいと予測されています。


民間レベルでも、途上国の生活環境改善を目的とした活動は様々な形で行われています。

より多くの人々の協力を得るため、多くの著名人やミュージシャンが中心となり、さまざまなキャンペーンが行われてきました。
残念ながら、多くの運動が一時的なブームで終わってしまっています。

資源需要の高まり等により経済成長を示してしている国であっても、格差は広がり続けるばかりで一般民衆の生活は向上していないと言われています。

途上国に対する援助のほとんどが一部の権力者で止まってしまい、本当に必要な民衆には届いていません。

また、複数の民族が国家を運営する上で、政治家が自らの民族利益を代表するものという考え方は、多くのアフリカの国々に共通するものです。こういった現地の特性を理解することが必要であり、現在、各組織により民族対立や汚職政治等の問題を乗り越え、より効果的な援助を行うための方法が模索されて続けています。


------------------------------------------------------------------

産業革命以前の世界では、多くの人が農業に従事していました。
灌漑技術等を発展させることにより、食物の安定・大量供給が可能になったと言われています。
すこし乱暴な言い方ですが、一人が二人分の食物を生産する技術を獲得したことが、分業社会の成立を可能にしたといえます。

さらに、より合理的に社会を運営する為、通貨制度や社会システムなどを整備してきました。

2009年4月現在も科学技術はこれまでにないスピードで進化し続け、物理的拘束はさらに消滅していっています。
社会分業は地球規模へと広がり、複雑に絡み合っていくと予測できます。

現在、途上国の人々は社会分業に対する健全な参加が出来ていません。



飢餓や、衛生環境の整備とともに、最も大きな問題の一つにあきらめ・無力感があります。
これは直接途上国の都市部で生活することにより感じることができます。

努力して勉強しても仕事がない。
権力を持つものとその周囲だけが富を手に入れ、正義は力によってねじ曲がる。
貨幣ですらいつ紙切れになるか分からない。

国家運営は破綻しており、希望を持って生きることがが結果につながる事が証明されなければ、彼らは自らの可能性を信じることができないでしょう。



この問題を解決しない限り、現行資本主義経済というルールの中では、彼らは何度でも貧困状態に陥ることでしょう。

飢餓状態、衛生環境改善等への援助は効果的であり、問題や段階に応じての支援活動は自立を果たす上でも大変重要なことです。
ですが、一方的な援助だけでは途上国問題の根本的な解決はできません。

彼ら自身による自立、つまり当事者が問題を解決し続けていく力をつける為には、それぞれが社会的な役割を担っていく訓練が必要です。

また、一方的な援助を断続的に行うことで、国際社会が抱える本当の問題をすりかえる事は、先進国にとっても大きな損失です。
国益を超えた地球社会形成の為には、途上国の人々を地球経営メンバーに迎え入れるプロセスが大変重要であり、彼らの自立・参画は国際社会全体にとって人道的意義だけでなく、長期的な利益も生まれると考えています。

------------------------------------------------------------------


環境問題は我々人類に地球規模の視点と協力を要求しています。
持続可能な社会システムが必要とされる現代、環境と経済の対立の構図を変えていく努力が行われています。

停滞すると破綻してしまい、経済成長を必要とする、現行の金融システム。
本来、地球環境や生産にとって大変重要であるはずの農村。
農村における過疎化問題と、途上国での企業活動が生まれない原因は共通点が見られます。

誰もが重要だと理解していながら、それを維持していくためのインセンティブが生まれないということは現行システムの大きな欠陥です。

現在の資本主義にの弊害は様々な点であらわれていますが、それでも貨幣経済は世界を循環させるにあたって優れたシステムです。
問題は現在の仕組みだと、短期的な視点しか持てないという点に問題の本質があります。
長期的視野に立って、多様な価値観を経済に活かせるシステムの構築が求められています。


------------------------------------------------------------------


大量生産、大量消費に代表される、20世紀までの豊かさという概念は、今大きく揺らいでいます。
ですが、人類はそれに代わる説得力のある価値観を獲得していません。


暗い面ばかりが先行しがちなアフリカのイメージですが、経済指標に表すことできない豊かさは確かに存在します。
西洋的価値観だけで彼らの生活水準を評価し、不幸であると断ずる事は大きな過ちです。

幸福の概念、豊かさの概念は、時代や条件によって大きく変化します。
世界中に途上国の文化は、それぞれが価値基準を持っています。

国際社会における21世紀の課題は、環境と経済の循環を維持しながら生活水準を下げない社会のあり方と、その為により効果的な地球規模での分業システムの構築になるのではないかと考えています。
それぞれに、長い間進化してきた文化をもつ彼らの参画は、国際社会に多様な価値観とアイディアをもたらします。
それは『環境問題』への対策だけに限らず、『豊かさ』を問い直す上でも大変意義のあることだと考えています。

彼らを救う為ではなく、ビジネスを通して彼らの可能性を国際社会の場で提案する。それが、よりよい地球社会の構築に繋がってくいと考えています。



------------------------------------------------------------------

まずは、現行制度の枠組みの中で実現可能な例を作っていきたいと考えています。



多くの援助がブームで終わってしまう理由として、必然性の欠如があります。
また、あらゆる資源は地球のものであり、コスト管理や時間管理への意識はより長期的な仕組み作りに不可欠です。

素晴らしい製品を世に送り出すことを追求するという、企業活動こそが継続的な活動を可能にするのではないでしょうか。


地球上のあらゆる土地に、大きな可能性があります。
国際社会と隔絶された、地域に受け継がれている技術や、その素材の中に、大きなヒントがあるかもしれません。
これまで評価されてこなかった“未開の地”にこそ、今だ人類が発見できていない素晴らしい価値があるかもしれません。
世界の四分の一を占める後発開発途上国の文化はこれまで目を向けられてきませんでした。
伝統文化は智恵の宝庫です。そこには新たな価値を獲得し、地球の問題を解決するに有用なアイディアが必ず潜んでいます。


------------------------------------------------------------------


現在の日本では社会参画が容易ではありません。
社会に対してアクションを起こす上で、個人での活動には限界があります。企業、学校、NPO等の法人を通して行うことになります。

日本は欧米に比べて市民活動が盛んではありませんが、多くの日本人は社会に関心がないわけではなく、より良い社会を築くため何かしたいと考えていても、生活の中で出来るアプローチが見つからないという状況があります。

これによりノウハウを持たない一個人がアクションを起こしても社会は変わらないという諦観が広がっているように感じます。


センセーショナルな言葉や映像を押し出すことで善悪を周囲に訴えるような活動ではなく、必然性を伴う企業活動の中で21世紀に合致した流通の仕組みを提案することで、消費者の社会参画の場を提供していくという側面を加えていくことが、現在必要とされている企業の姿ではないかと考えています。

読書済み書籍類覚書

会社はこれからどうなるか 岩井克人
やさしい経済学 竹中平蔵
徹底抗戦 堀江貴文
100億稼ぐ仕事術 堀江貴文
経済成長がなければ私たちは豊になれないのだろうか ダグラス・ラミス

会社は株主のものではない  岩井克人他
21世紀の国富論 原丈人

レアメタル資源争奪線 中村繁夫
レアメタル・パニック 中村繁夫
文化人類学を学ぶ人の為に 米山俊直
ガイアの思想 J・E・ラヴロック
アフリカを知る 少年ケニアの友編
地球共生 月尾嘉男
渋沢栄一 童門 冬二

アフリカのいのち アマドゥ・ハンパテ・バー
水の神 マルセル・グリオール

アメリカ・インディアン史 W・T・へーガン著

アフリカは西だけじゃないよ


そういえば、東アフリカの逆襲と銘打ってツアーをされた方がいました。
良いライブでした。

アフリカの素晴らしさは
ジェンベだけじゃない。
西アフリカだけじゃない。
インフレで世界を賑わせる、東アフリカはジンバブエから、ムビラ(親指ピアノ)の達人が来られるそうです。
BAOBABの兄貴分、衣川氏のオーガナイズです。


ということで、皆さん4月19日は大阪に行きましょう。

●4/19(日) 大阪公演
【会場】:Sound Channel (サウンドチャンネル)
【時間】オープン15:00 クローズ19:00  
【料金】2500円(1ドリンク付)
【地域主催】ロワンビラ  
【出演】ロワンビラ、ジョセフ・ンコシ、
パシパミレwithハヤシエリカ
【会場連絡先】Sound Channel (サウンドチャンネル)
【Web】http://www.sound-channel.jp/
大阪市中央区西心斎橋2-8-21-B1
【Tel】06-6212-5552

pasipamireprpfile.jpg

●ジンバブエの民族楽器ムビラ(指ピアノ)の演奏・アフリカの絵/詩の創作から外務省主催イベント「アフリカンフェスタ」のジンバブエコーディネートまで精力的に活動するハヤシエリカ。
彼女のプロデュースのもと、ムビラの師でもあるジンバブエ屈指のムビラ奏者ルケン・パシパミレを本国ジンバブエから迎えジャパンツアーを開催。
その大阪公演をサウンドチャンネルにてお届けする。
ライブには、現在大阪に在住する、南アフリカで5本の指に入るというマリンバ奏者ジョセフ・ンコシ氏と名古屋からジンバブエのポップロック「チムレンガミュージック」
を演奏するロワムビラをゲストに迎えて公演する。

(詳細)
ルケンパシパミレ/ハヤシエリカ http://www.hayashi-erika.com/
ジョセフ・ンコシ        http://nkosiafrica.com/
ロワムビラ           http://www.rovambira.com/


【ルケン・クワリ・パシパミレ 】
1952年ジンバブエ、モンドロ生まれ。19世紀後半に生きた、曽祖父パシパミレは、ショナ族伝統宗教の強力な神(スピリット)であるチャミヌカを降ろすことのできた高名な霊媒師だった。
また、その息子クワリは王宮において演奏をしていた熟練したムビラとンジャリの奏者。
ルケン氏はムビラの伝統を弾き伝えてきた一族の末裔である。
彼は8歳の頃、儀式での神秘体験からムビラの魅力に目覚め、グエニャンビラ(ムビラ奏者)への道を歩み始める。「ビラ」と呼ばれるムビラによる祖先降霊儀式で数えきれないほど演奏して腕を磨いた。
1970年代に訪れたアメリカ人研究者ポール・F・バーリナーの著書「The Soul of Mbira」や現地録音CD「Shona Mbira Music」のレコーディングに協力。
このCDは現在でもムビラの代表的な音源として高評価を得ているが、ルケン氏の所属した「Mhuri yekwa Rwizi」(チーフルイジの家族たちの意味)の名演奏をそこで聴くことができる。
1983年「Mhuri yekwa Rwizi」の一員として、ムビラの初の海外公演をヨーロッパ各地で行い成功。以後も、ジンバブエ国内での演奏、ムビラ教育に携わり、多国籍な後継者を育てている。
twitter
click please!! mixi イイネ!ボタン
カテゴリ展開メニュー
  • 紅葉のボヤキ(120)
  • 今日のあれこれ(5)
  • アフリカンイベント情報(66)
  • 旧BAOBABブログ(23)
  • 地球(7)
  • 音楽(13)
プロフィール

紅葉

Author:紅葉
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

大学時代に西アフリカを訪れ
その豊かさに大きな衝撃を受けました

おもしろいこと中毒で
好奇心に引ずられるように生きています

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

紅葉へのおたよりはこちらから!!

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード
FC2カウンター
RSSフィード
最近のトラックバック
このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。