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BAOBAB閉店と今後の展望

1980年代、自動車、家電産業中心に欧米への輸出が伸び、日本経済は更なる躍進を遂げる。
終身雇用に支えられた総中流的意識と、欧米偏重的な認識は物的豊かさと共に確立された。
バブル経済により世界第二の経済大国となった日本は、『世界で最も成功した社会主義国家』と言われ、バブル経済へと加速する。

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1981年2月23日僕は広島で生まれた。

10代の頃、人一倍反発心の強かった僕は、西欧以外の価値観について強い興味を持った。

学校では、日本社会で生きる為のノウハウをたくさん学んだが、何故それが大切なのか、その社会システムは何故作られたのか、根本的な答えはいつも分らなかった。
将来の夢の欄にはいつも何も書けなかった。

あふれる世界への疑問を明らかにする間もなく、進路選択は迫る。
同級生たちは、偏差値を基準に進路を選んだ。
その頃の僕には、主体性のある未来が想像できなかった。

とにかく日本を出たい。
そう思いながらも、漠然とした計画しかなく、それすらも逃避であると自覚していた。

強い反発心を持つ自分の感性を疑い、否定と肯定を繰り返しながら、僕は大学へ進学した。

情報が溢れる大学で、古代文明や、ネイティブ・アメリカンに関する文献に触れ、先住民族への強い憧れを抱いた。
哲学、心理学、考古学、文化人類学。
学問はそれぞれの道筋から人間の根本へと迫る。

20歳の頃、伝統的な暮らしを営む村に滞在する機会を得た。
西アフリカのマリ共和国。
独自の神話体系と価値観を持つドゴン族。
彼らの集落の中でも特に辺境の村で過ごした一ヶ月間。

そこには、数百年前から続くであろう、高度な社会システムを持った共同体があった。
それは強大な自然に対抗するために作られた、尊敬と協力を旨とした相互扶助システムであると同時に、迷信深く閉鎖的な村社会でもあった。

彼らと同様の暮らしをすることで、自分はこの地では虚弱な異邦人だということを思い知らされた。

けれど、貨幣が流通していなくても、電気が流れていなくても、彼らが欲するものは僕と変わらなかった。
人間の想い、人間としての営みは世界中どこでも一緒なのだと確信した。

僕の持つ電気製品や大金が彼らの人生観を変えることを恐れつつも、彼らと積極的に関わった。

日本でアフリカの情報を手に入れ、飛行機に乗って、ここへ来た僕。
辺境の村で外国製品を目にし、目を輝かせ、町に出て行こうとする若者。

現代に残された理想郷、そんな風に思っていた村は、国際社会と影響し合う、独自の社会保障システムを持った人間の集団だった。
そこに昔の日本を見て、彼らがそれぞれの望みにむかって変化を望むことを肯定的に捉えた。

そう考えた時、あれほど嫌っていた現代文明には、完全に否定できるものは一つもなかった。
気がつけば、僕は日本人として生きることを受け入れていた。

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2008年4月、カフェの経営に取り組んだ。
アフリカ文化に触れる為に作られたカフェ。
3年の営業を経て閉店しようとしているところだった。せっかくの場をなんとか活かすことができないか。想いを形にしてみたかった。
大した経験も技術もない、資金力もなければ計画性もない。
事業性なんて到底期待できないにも関わらず、オーナーは僕にチャンスを与えてくれた。
自己採算制、責任は僕個人が負うという事で、経営を引き継いだ。


就任してから3ヶ月後、多くの人の力を借り売上は5倍にまで伸びた。
10ヶ月が過ぎ、100年に一度と言われる大不況が訪れたが、小さい額ながらも、何とか維持することができている。
ニーズの確立されていないアフリカに特化した店づくり。
やりたい事をやる事が出来るのなら、良い方なのかもしれない。

店は少しずつ認知されてきて、協力者も増え、常連さんも少しづつながら定着してきた。
新メニュー、レシピの新たなシステム整備も進み、ビジネス性を持たせる為、違う場所への出店の可能性も考えられるようになった。
日本人の生活にとって有益なものを提供する。その点をもっともっと突き詰めてけば、不況に負けない店づくりが出来る。

長期的なプランを明確にしていく中で、限界も見えるようになった。
このままでは、自分とその周辺だけで完結してしまう。

自分は何のためリスクを負ってカフェ経営に取り組んだのだろう。
報告書を書き、店の所有者と話し合った上で、閉店を選択した。

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今、経営=金儲けというイメージが付きまとう。
多くの社会貢献はイメージアップや、名ばかりの集金システムにすぎない。
企業が行う寄付やボランティア。
搾取的構造から生みだした大量のお金を一部を、弱者に対して寄付する。
システムをに目を向けなければ何も変わらない。


もともと経営とは仏教用語だったそうだ。
経とは真理を探究すること。営とは脈々と続く日々の暮らし。
一生をかけて真理を探究することを経営という。


日本資本主義の父と呼ばれる渋沢 栄一(1840年3月16日-1931年11月11日)
彼は実業家にたいして4つの訓示を挙げている。

(1)その事業ははたして成立すべきや否かを探究すること
(2)個人を利するとともに、国家社会を利するものなりや否やを知ること
(3)その企業が時機に適合するや否やを判断すること
(4)事業成立の暁においてその経営者に適当なる人物ありや否やを考えること


この100年の間に、科学は驚くほどに進歩した。
大自然、共産主義、核戦争、過去に比べ脅威がなくなったことによって、企業や国の協力意識は薄れてしまった。
今、国家単位ではなく地球規模での視点が必要になっている。

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人間は創意工夫し様々な地域に分布した。
ヒトが住まう所に可能性は必ずある。

あらゆる資源は土地に依存する。
多くの食料が生産出来ない地域だとしても、その土地ごと、有効な活用法が必ずある。

インフラ状況、政治不安、紛争、スラム。アフリカ各国とのビジネスにはカントリーリスクが大きすぎる。

何故、高度な共生社会システムを持つ彼らに、国が上手く運営できないのか。
アフリカ大陸では植民地時代の傷跡がいまだ癒えていない。
西欧社会が押し付けた国家と実情の不一致。

日本は維新を経て回天した。
驚異的な近代化を遂げ国家を構築した。

個人の力で国家は形成されない。

時代の気運と強い必要性が明治維新を可能にした。

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経済格差、南北問題、民族紛争、資源枯渇、環境問題。

山積みの問題を先送りしながらも、時代は必要に迫られ徐々に転換へと向かう。

シリコンバレーに原丈人というベンチャーキャピタリストがいる。
現在の金融業は株価偏重による短期収益であり生産を伴わない。会社の価値は公益の如何によって測るべきだと主張する。
彼は現代のアメリカ経済界の中心にいながらも、多くの産業を支援し、ビジネスとして成功させることで持論を証明している。

アメリカは、モノづくりを放棄し、金融ビジネスを膨れ上がらせた。
今、世界は恐慌の真っただ中にいる。
市場原理主義は大きく躓き、その矛盾をさらけだした。


ガザ地区で起きている殺戮。世界中が非難の目を向けている。
暴走は持続できない。


大航海時代は実際はアジアが世界経済の中心だった。
還インド洋文明圏と東アジア文明圏の交易には、数百の諸民族が従事していたと言われる。
苦心したイギリスはインド木綿コピーを生みだし、産業革命へと発展する。
金銀が逆流すると共に、西欧とアジアの関係は逆転した。


転換の時代はもうそこまで来ているかもしれない。
時代を問うチャンスは必ず訪れる。

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まだ注目されていないもの。その可能性を引き出し価値を創造する。
そうして個人と社会双方の利益をもたらす。
それが本来のビジネス。

僕は20歳から27歳まで、西アフリカを日本に紹介することに費やした。
イベントやカフェという手法を通して、音楽、食文化、工芸、染色等を日本人に魅力のあるようアレンジし提供してきた。

その中で経営の可能性を知った。

今28歳。人には身の丈に合った仕事がある。
自分はどこまでやれるのか試してみたい。
海千山千のつわものが蠢く世界で泥まみれになってでも、まだ自分がそれを面白がることができるのか。
全力でぶち当たってみたい。

そんな想いが日に日に大きくなる。


誰かのために何かをするんじゃない。
自分の道を歩むために、自分の思いにまっすぐ生きる為に挑戦する。
僕は慈善家になりたいわけでもないし、活動家になりたいわけでもない。

第三世界の国々が先進国と対等に渡り合える世界。
犠牲的な精神や、救いの気持から行う国際支援ではなく、お互いが利益を生みだすビジネスモデルとして確立する。
そんな道が引けないだろうか。

たとえ実現できなくったっていい。
理想とやるべきことが見えたなら、自分を信じてそこに向かっていくしかない。


歌わなくても、踊らなくても、本気で何かを求めるなら、それはそのとき表現となる。
芸に仕えるも、人に仕えるも、万物に仕えるも、それが有益な事であるならば、それが仕事になる。


世界の食べもんやストリートを日本の都会のど真ん中に作りたい。
アフリカや、アジア、ラテンアメリカの人達とビジネスがしたい!先進国が本気でそう願うような仕掛けづくりがしたい。

それぞれの利が全体の益になる。
全体の損がそれぞれの損になる。
世界中それぞれの国が、素敵だと感じ合える、尊敬し合える、そんな共生社会に向かって歩みたい。

地球社会という大きな舞台の中で、新たな価値観を創造する仕事。
そんな仕事がしたい。
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プロフィール

紅葉

Author:紅葉
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

大学時代に西アフリカを訪れ
その豊かさに大きな衝撃を受けました

おもしろいこと中毒で
好奇心に引ずられるように生きています

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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