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アフリカ独立50周年記念イベントを終えて

今回、スタッフの中にも、観客の中にも、いたたまれない気持ちを抱えたままイベントに参加された方も多かったと思います。僕も本当に情けないくらいにうろたえ、揺れ動きました。

イベント準備から終了までの周囲の反応を見ていて、開催の意図を、たとえそれが個人的な物であったとしても、表明するべきだと思いました。
これは懺悔でも、僕と考えが違う人の意見を否定するためのものでもありません。
開催に至った、僕個人の理由をここに記します。




今回のイベントは、そもそもサコさんを筆頭にマリ共和国出身の人たちが集まって企画したものでした。
そこに日仏学館や、京都精華大学、マリ大使館やその他の様々な団体を巻き込んでの開催となりました。
アフリカ独立50周年という節目を彼らと同じレベルで感じることは出来ませんが、僕自身アフリカから学んだことが多くあったこと、彼らだけでは困難が予想される企画である事、そしてなにより、参加するお客さんにとっても、僕自身にとっても、きっと面白いものになるであろうという感じた事により企画に参加しました。




イベント前日であり、地震が起きた11日深夜から12日早朝にかけて、僕は車でアンプなどを調達したり、PCに向かって地震に関する情報収集と予約処理やタイムテーブルの組み換え作業したりしながらイベント中止の可能性や、払い戻しを検討していました。
甚大な被害が明らかになる中、心は萎む一方で、何のためにやるのか、この状況で本当にやりたいのか、僕自身分からなくなっていました。


規模に不釣りあいな予算しか組めていなかった為、これまで多くの人に迷惑をかけ、多くの人が利益を度外視して協力してくれていました。
頼んだ人が無理でも、そのまた知り合いにお願いしてくれる。そんな風に協力してくれた人たちがたくさんいたからこそ、安易な理由でその準備を無駄にできない。
それに、イベントを止めることで得られる具体的かつ物理的な被災者への支援や、支援者へのサポートは見あたりませんでした。

でも日本が大変な時に、アフリカ50周年って・・・



11日夜に高速道路で京都に向かうはずだったtamtam楽団メンバーは、交通網も通信網も混乱した都内で、メンバーちりじりのまま余震で不安な夜を過ごしていました。

僕は深夜と明け方の二回、電話で彼らと連絡をとりました。

『お客さんが待っているなら、Ba Cissoko達が予定通り来日したなら、なんとしてでも京都に向かう。』
絶対的な不安の中にいるであろう彼らが、最終的に全員一致で出した結論を受けて、僕は頭を殴られたような衝撃をうけました。節電問題やリスケジュールなど、考えるべき事は数多くあれど、コンサートの開催については批判されても予定通り開催する。この時やっと覚悟がきまりました。
もし、彼らの意志表明がなければ、たとえイベントを決行していても、僕を含め誰もが委縮してしまい、せっかく来日したBa Cissokoの音楽の素晴らしさを伝えることすら自粛していたと思います。




複数のスタッフから本当にやるのか?そんな場合じゃないんじゃないか?という声もあがりました。
僕の頭の中にもいろんな想いがぐるぐるまわっていました。

でもたとえ誰かに不謹慎だと非難されようとも、音楽はいつだって断罪されるべき対象じゃない。
苦しんでいる人が本当に沢山いることはわかっている。だからこそ自分の人生と精一杯向かい合いたい。



僕がイベント運営に携わる基本的なスタンスは、自分の好きな音楽をみんなにも知ってほしい、そんな個人的な理由です。
たとえば美味しい料理屋さんに友達を連れていく、そんな簡単なものです。
好きなものを共有して、楽しい時間と共にみんなと仲良くなって、その輪がもっと広がっていけばいいなと思っています。
それがすべてで、誰かを啓蒙しようとか、誰かを救おうなんて思っていません。
『正しいことじゃなくて、面白いことをみんなに提案したい。だからどんなときでも楽しさの窓をみんなに開きつづける』
それは厳しい環境でもユーモアを忘れないアフリカの人達から学んだ事の一つです。

今回も出来ればそこに帰結させたかった。
もちろんチャリティーイベントは素晴らしいと思うし、そうした精神で動く人々を僕は支持したいと思います。
でも、11日の時点で関西各所での募金箱設置の動きが出ていました。敢えてこのイベント内で募金活動をする必要性は感じませんでした。

僕は、個人的な理由で参加したこのイベントに『被災者の為』という大義名分を掲げることで、その時自分の中に溢れていた罪悪感を覆い隠すことが嫌でした。 それがチャリティーの要素を持ち込まなかった理由です。


今はみんなの気持ちを受け止める為に、義援金箱を置いても良かったかも知れないと思います。でもその時は、そんな意地のようなものがありました。







イベントを終えて、改めて思います。
本当に多くの人の善意と協力によってこのイベントは作り上げられました。

音響屋さんT君はそれで家族を養っているのに、利益にならないこのイベントを手伝ってくれました。
楽器を提供し、ステージスタッフとして参加してくれたD居君がいなければこのイベントは成り立ちませんでした。
日仏学館のS藤さんは僕の知る限りもっとも働いてくれたメンバーの一人です。日仏学館と僕たち主催サイドの衝突の間に立って通訳を務め、照明を務め、汗だくになりながら設営から片付けまで動いてくれました。
三人とも本来は業務外の会場整理など、スタッフ不足準備不足の穴を埋めてくれました。

みきちゃん、ゆかり、samちゃん、tomちゃん、
たまっち、赤井君、
準備不足で本当にみんなに迷惑をかけました。
震災の事で揺れ動きながらも、みんながいたからなんとか無事に終える事が出来ました。


名取さん、ゆかさん、ちかこさん、
スレイマンとその奥さん、サビン、アミナ、アンドレア、タマラ、ババ、
そして主催者のサコさん。
他にも、日仏学館のスタッフの方も含め、たくさんの人がこのイベントにかかわりました。
ケンジ犬には前夜に突然代理講師をお願いしました。
観客の中にも本来なら招待にするべきなのに、当たり前のようにチケットを購入してくれた人が何人もいました。

ご来場いただいた方、やむ追えずキャンセルされた方、出演者・スタッフ・各関係者、応援も批判も含めて意見していただいた方々。

終えてみてイベントをやって本当によかったと思っています。
これは、何事もなく無事に終えられたから、言えることだと思います。

学んだ事も多くありました。自分たちに何ができるのか、何をするべきかを考えるきっかけにもなりました。
とても悲しくて、それでもやりたくて、楽しくて嬉しくて、たくさんの事を考え、動いた3日間でした。
関わってくれて本当にありがとう。
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紅葉

Author:紅葉
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大学時代に西アフリカを訪れ
その豊かさに大きな衝撃を受けました

おもしろいこと中毒で
好奇心に引ずられるように生きています

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